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「ラクテンチ」って変な名前だと思ってた。調べたら昭和8年から続く、大分の宝だった

正直に言います。

私はずっと、
「ラクテンチ」って、ちょっと変な名前だな
と思っていました。

カタカナで「ラクテンチ」。

何語?
造語?
昔の遊園地っぽい名前?
それとも、何かの略?

そんなふうに思っていたのですが、調べてみると意外なほどまっすぐな名前でした。

ラクテンチは、漢字で書くと、
楽天地

つまり、
楽しい天地。楽しい世界。楽しい場所。

ものすごく分かりやすい名前です。

しかもこの遊園地、ただのレトロ施設ではありません。

公式サイトの歴史によると、ラクテンチは1929年、昭和4年にオープン
2019年には90周年を迎えた、大分でも屈指の歴史ある遊園地です。

今から見ると、少し不思議な名前。
でも、歴史を知ると、むしろこの名前以外なかったのかもしれないと思えてきます。

始まりは、山の上の「楽しい世界」

別府ラクテンチがあるのは、大分県別府市。

温泉の町として有名な別府の、山の斜面を上がった場所にあります。
平地に広がる大型テーマパークではなく、山の上にある遊園地です。

ここが、ラクテンチの面白いところです。

普通、遊園地といえば、入口からそのまま中に入るイメージがあります。
でもラクテンチは違います。

まず、ケーブルカーに乗る。

別府の町を背にして、急な斜面をぐんぐん上がっていく。
この時点で、もう少し特別な場所に行く感じがあります。

公式サイトでも、ラクテンチは開園と同時にケーブルカーが開通したと紹介されています。
別府観光協会の情報では、このケーブルカーは1929年開通、長さ260メートル、勾配30度の急勾配を誇るものとされています。

つまりラクテンチは、最初から
「山の上へ向かうこと」そのものが体験になる遊園地
だったのです。

今でこそケーブルカーに乗ることは珍しくないかもしれません。

でも昭和初期の旅行者にとって、山の上の遊園地へケーブルカーで上がるという体験は、それだけでかなりワクワクするものだったはずです。

別府の温泉に来た。
町を歩いた。
そして今度は、山の上の楽天地へ行く。

この流れを想像すると、当時の人たちにとってラクテンチがどれほど特別だったか、少し見えてきます。

名前はレトロ。でも意味はものすごく強い

「楽天地」という言葉は、今の感覚だと少し古めかしく聞こえます。

でも、よく考えるとかなり強い言葉です。

楽しい場所。
楽しい世界。
日常から離れて、心がほどける場所。

今風に言えば、
小さなテーマパークの世界観を、たった三文字で言い切っている名前
です。

しかも、別府という土地にも合っています。

別府は、温泉で体を休める町。
ラクテンチは、山の上で心を遊ばせる場所。

温泉でゆるみ、ケーブルカーで上がり、遊園地で笑う。

そう考えると、ラクテンチは単なる遊園地ではなく、
別府観光の中にある“余白の楽しみ”
だったのかもしれません。

昭和の遊園地らしさが、今も残っている

ラクテンチの魅力は、派手な最新アトラクションではありません。

もちろん乗り物はあります。
観覧車もあります。
ジェットコースターもあります。

でも、ラクテンチの本当の味わいは、
どこか懐かしい空気が残っていること
だと思います。

公式サイトでは、園内に「レトロな魅力がたっぷりの遊具」があると紹介されています。

この「レトロ」という言葉が、ラクテンチにはよく似合います。

メリーゴーランド。
豆汽車。
小さな子どもが安心して乗れる遊具。
親子三世代で歩けるような、ゆっくりした園内。

最新の大型パークのように、何時間も並んで絶叫系に乗るというより、
子どもの歩幅に合わせて、のんびり過ごす場所
という感じがあります。

大分の人にとっては、
「小さいころ連れて行ってもらった」
「遠足で行った」
「今度は自分の子どもを連れて行く」
そんな記憶と結びついている場所でもあります。

遊園地というより、
家族のアルバムの中に残っている場所
に近いのかもしれません。

名物は、あひるの競争

ラクテンチを語るなら、これも外せません。

あひるの競争

公式の歴史によると、名物あひるの競争が始まったのは1950年、昭和25年です。

あひるが競争する。

言葉だけ聞くと、かなり平和です。

でも、こういう名物こそ、長く愛される遊園地の強さだと思います。

すごい技術。
大規模な設備。
最新の映像演出。

そういうものとは別のところで、
「なんか楽しい」
「なぜか覚えている」
「子どもが笑う」
という体験が残る。

ラクテンチのあひる競争は、まさにその象徴のような存在です。

大人になってから思い出す遊園地の記憶って、意外と大きなアトラクションだけではありません。

坂道を歩いたこと。
売店で何かを買ってもらったこと。
観覧車から町を見たこと。
あひるが一生懸命走っていたこと。

そういう小さな記憶が、ずっと残るのです。

日本で唯一の二重式観覧車がある

ラクテンチには、もう一つかなり珍しいものがあります。

それが、二重式フラワー大観覧車です。

公式サイトの歴史では、2004年に「二重式フラワー大観覧車&大吊橋」が登場したとされています。
また、アトラクション紹介でも「日本でひとつしかない二重式かんらん車」と紹介されています。

これ、地味にすごいです。

ラクテンチは、ただ古いだけの遊園地ではありません。

昭和の雰囲気を残しながら、
ちゃんと“ここでしか見られないもの”も持っている。

山の上にある観覧車。
そこから見える別府の町と海。
しかも、日本でひとつしかない二重式。

派手な最新テーマパークではないけれど、
ここにしかない景色
がある。

これが、ラクテンチが今も残っている理由の一つだと思います。

全国で遊園地が消えていく中で、まだ現役

近年、地方の遊園地は全国的に少なくなっています。

少子化。
レジャーの多様化。
施設の老朽化。
維持管理の難しさ。

昔は当たり前のようにあった地域の遊園地が、気づけば閉園していた。
そんな話は珍しくありません。

その中で、ラクテンチは今も続いています。

もちろん、大型テーマパークのような派手さはありません。
最先端の映像演出や、巨大な絶叫マシンが並ぶわけでもありません。

でも、ラクテンチには別の強さがあります。

それは、
地元の人の記憶に残り続けていること
です。

「まだあるんだ」
「あそこ、子どものころ行った」
「今度、孫を連れて行こう」

この言葉を生み出せる場所は、強いです。

観光施設としての価値だけではなく、
地域の思い出を受け止める場所になっているからです。

ラクテンチは、別府の“時間”を残している

ラクテンチを面白くしているのは、単に歴史が古いことではありません。

古いものが、今も動いていることです。

1929年に開園。
1950年に名物あひるの競争。
1972年にジェットコースター登場。
1974年に大観覧車登場。
2004年に二重式フラワー大観覧車と大吊橋。
2009年に80周年リニューアル。
2019年に90周年。

こうして見ると、ラクテンチは一度できて終わった施設ではありません。

時代ごとに少しずつ形を変えながら、
それでも「楽天地」という名前のまま続いてきました。

昭和、平成、令和。

別府の町を見下ろす山の上で、
子どもたちを迎え、家族を迎え、観光客を迎え続けてきた。

それはもう、ただの遊園地というより、
別府の時間を保存している場所
と言ってもいいのかもしれません。

まとめ

「変な名前」じゃなくて、まっすぐすぎる名前だった

ラクテンチ。

最初は、ちょっと変な名前に聞こえるかもしれません。

でも、漢字で書けば「楽天地」。

楽しい天地。
楽しい世界。
日常から少し離れて、笑える場所。

そう考えると、これほど分かりやすい名前もありません。

しかもその楽天地は、昭和4年から今まで、90年以上も別府の山の上にあります。

ケーブルカーで上がる。
観覧車から別府を眺める。
あひるの競争を見る。
子どもが笑う。
大人が懐かしむ。

派手ではない。
でも、ちゃんと残っている。

それがラクテンチのすごさです。

大分に来たら、有名な温泉や地獄めぐりだけでなく、
一度この“山の上の楽しい世界”にも寄ってみてほしい。

「ラクテンチって、変な名前だな」と思っていた人ほど、
帰るころには少しだけ、この名前が好きになっているかもしれません。

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