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「ハローキティのパークが、なぜ大分の小さな町に?」ハーモニーランド誕生の謎を追う

大分県速見郡日出町。

別府湾に面した、のどかな町です。
読み方は「ひじまち」。

ここに、ハローキティやマイメロディ、シナモロール、ポムポムプリンたちに会える場所があります。

サンリオキャラクターパーク ハーモニーランド

でも、少し不思議ではないでしょうか。

サンリオといえば東京の会社。
サンリオピューロランドも東京都多摩市にあります。
それなのに、もう一つの本格的なサンリオのテーマパークは、なぜ東京でも大阪でも福岡でもなく、大分県日出町にあるのでしょうか。

実はこの場所には、
バブル期の地方開発
大分県の地域振興
そしてサンリオの“外のテーマパーク”構想が重なっていました。

東京のサンリオが、なぜ大分へ?

ハーモニーランドの開園日は、1991年4月26日
サンリオエンターテイメントの公式情報でも、サンリオピューロランドは1990年12月7日、ハーモニーランドは1991年4月26日オープンとされています。

つまり、東京のピューロランドができた翌年に、大分のハーモニーランドが開園しているのです。

ここが面白いところです。

サンリオは、まず東京に屋内型テーマパークをつくりました。
それがピューロランド。

一方、大分にできたハーモニーランドは、自然の中に広がる屋外型テーマパークです。

同じサンリオでも、方向性が少し違います。

東京では、駅近の屋内空間でキャラクターの世界を楽しむ。
大分では、丘の上の広い敷地で、空や緑と一緒にキャラクターの世界を楽しむ。

ハーモニーランドは、単なる「地方版ピューロランド」ではありません。
むしろ、
自然の中にサンリオの世界を置いたテーマパーク
だったのです。

きっかけは、大分県の「一村一品」と地域振興

ハーモニーランドは、ただサンリオが単独で「ここに作ろう」と決めた施設ではありません。

サンリオエンターテイメントの沿革には、1988年に
大分県、日出町および近隣企業とともに、ハーモニーランド運営会社として株式会社ハーモニーランドを設立
したことが記されています。

つまり、最初から地域との関係が深いプロジェクトだったわけです。

大分県の記録にも、開園当時のハーモニーランドは
「県下初の本格的テーマパーク」
であり、**「一村一品クラフト公園」**として紹介されています。

ここで出てくる「一村一品」という言葉が重要です。

大分県といえば、かつて「一村一品運動」で知られました。
それぞれの地域が、自分たちの特色ある産品や文化を磨き、地域の魅力を発信していく取り組みです。

ハーモニーランドも、開園当時は単にサンリオキャラクターを見せる場所ではなく、
大分の自然や地域の魅力を発信する場
として位置づけられていました。

県の記録では、当時のメインテーマは
「大分の豊かさを分かち合える楽しいコミュニケーションの場」
だったとされています。

つまり、ハーモニーランドは、
「サンリオのかわいい世界」

「大分の地域振興」
が合体して生まれた施設だったのです。

1991年という時代

ハーモニーランドが開業した1991年は、かなり象徴的な時代です。

日本ではバブル経済の終わりが近づいていたころ。
全国各地で、大型リゾート施設やテーマパーク、レジャー施設の開発が進んでいました。

「地方に人を呼びたい」
「観光で地域を元気にしたい」
「都市部だけでなく、地方にも大きなレジャー拠点を作りたい」

そういう空気が強かった時代です。

ハーモニーランドも、その流れの中で生まれた施設と見ることができます。

ただし、ハーモニーランドが面白いのは、単なる“バブル期の大型開発”で終わらなかったことです。

多くの地方テーマパークが時代の波の中で姿を消していく中、ハーモニーランドは30年以上にわたって続いてきました。

それは、サンリオキャラクターの力だけではなく、
日出町や大分県との関係を育てながら、地域の中に根を下ろしてきたから
だと思います。

なぜ日出町だったのか

では、なぜ日出町だったのでしょうか。

日出町は、別府と大分市のあいだに位置する町です。
車でのアクセスもしやすく、別府観光と組み合わせやすい場所にあります。

ハーモニーランドの所在地は、大分県速見郡日出町大字藤原5933
サンリオエンターテイメントの会社概要にも、ハーモニーランドの事業所としてこの住所が記されています。

さらに、公式の紹介では、ハーモニーランドは
豊かな自然に囲まれた屋外型テーマパーク
で、アトラクションやライブショー、春の桜、夏のプール、秋冬のライトアップなど、四季を通して楽しめる場所とされています。

ここが、日出町にある理由とつながります。

サンリオのキャラクターたちは、もともと“メルヘン”や“夢の世界”と相性がいい。
その世界観を、ビルの中ではなく、空の下に広げるなら、自然のある場所が向いています。

別府湾を望む丘。
広い空。
緑の多い敷地。
季節ごとに変わる風景。

日出町のロケーションは、キャラクターの世界を屋外に広げるには、たしかに相性がよかったのです。

ピューロランドとは違う、ハーモニーランドの魅力

サンリオピューロランドは、屋内型の濃密なテーマパークです。
天候に左右されず、ショーやキャラクターの世界に没入できます。

一方、ハーモニーランドは屋外型です。

ここでは、キャラクターに会うだけでなく、
空を見上げたり、坂道を歩いたり、観覧車から景色を眺めたりする時間があります。

それが、ハーモニーランドらしさです。

東京のピューロランドが「サンリオの世界に入り込む場所」だとしたら、
大分のハーモニーランドは、
サンリオの世界が、大分の自然の中に広がっている場所
と言えるかもしれません。

この違いを知ってから行くと、見え方が変わります。

なぜ、ここにキティちゃんがいるのか。
なぜ、山と海に近い町にサンリオの世界があるのか。

それは偶然ではなく、
自然・地域振興・キャラクター文化が重なった結果
だったのです。

一時代の観光開発から、今は“推し活の聖地”へ

ハーモニーランドは、開園から30年以上が経ちました。

かつては、家族連れや子ども向けのテーマパークという印象が強かったかもしれません。
しかし近年は、サンリオキャラクター人気の広がりとともに、大人のファンも訪れる場所になっています。

サンリオエンターテイメント社長の小巻亜矢氏は、インタビューで、ハーモニーランドでも推し活を盛り上げる仕掛けをすると、関東圏からわざわざ足を運ぶお客さんがいたと語っています。

これは、昔の地方テーマパークとは少し違う動きです。

かつてのハーモニーランドは、
「九州の家族連れが遊びに行く場所」
という印象が強かったかもしれません。

でも今は、
「好きなキャラクターに会うために、遠くからでも行きたい場所」
になりつつあります。

推しのグッズを買う。
限定フードを楽しむ。
キャラクターと写真を撮る。
イベントに合わせて遠征する。

大人のファンにとって、ハーモニーランドは単なる遊園地ではなく、
推しに会いに行く旅の目的地
になっているのです。

2026年には開園35周年

ハーモニーランドは、2026年に開園35周年を迎えます。

2025年には、大分県とサンリオの取り組みとして「大分ハローキティ空港」などの企画も行われ、サンリオエンターテイメント社長は、ハーモニーランドについて「1991年に大分県と協業して誕生し、来年で開園35周年を迎える」とコメントしています。

さらに、2026年には日出町とサンリオエンターテイメントが、ハーモニーランドの“エンタメリゾート化”を見据えた包括連携協定を締結しました。発表では、ハーモニーランドは1991年4月の開園以来、日出町のシンボル的存在として親しまれてきたと説明されています。

つまり、ハーモニーランドは今も変化の途中にあります。

1991年に生まれた地方のテーマパークが、
2026年には、地域全体と連携した新しい観光拠点へ進もうとしている。

これは、なかなか面白い歴史です。

まとめ

大分の丘の上にキティちゃんがいる理由

ハーモニーランドが大分県日出町にある理由は、単に「土地があったから」ではありません。

そこには、1990年代初頭の地方開発の流れがありました。
大分県の地域振興がありました。
サンリオが東京のピューロランドとは違う、屋外型のキャラクターパークを展開しようとした背景がありました。

そして何より、日出町という場所が持つ、自然と景色の力がありました。

東京生まれのハローキティが、
大分の小さな町の丘の上にいる。

そう聞くと少し不思議ですが、歴史をたどると、その不思議さこそがハーモニーランドの魅力なのだと思います。

ハーモニーランドは、ただのサンリオの遊園地ではありません。

大分の地域振興と、サンリオのキャラクター文化が出会って生まれた、日出町のシンボル。

そう考えてから行くと、キティちゃんのリボンも、観覧車から見える景色も、少し違って見えてくるはずです。

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